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2022.5.19
バイオフィリック・デザインの歴史とインテリア分野での実践
監修
インテリアコーディネーター/窓装飾プランナー亀田彩夏
海外の有名床材ブランドなどを取り扱うインテリア総合商社勤務。インテリアコーディネーター、窓装飾プランナーの資格を保有。
効率化・コスト削減を優先し、高度経済成長以降、日本をはじめとする先進国では都市部への一極集中、オフィスの極小化などが進められました。その極端な効率化は、過度のストレス社会、精神病、高い離職率や生きがいの喪失、といったネガティブな形で社会にしっぺ返しを与えるようになり、国や自治体、企業は改めて「心身にとって健康的な」都市計画、オフィスデザインの道を模索しはじめています。
そんな中、創造性を助長し、仕事のストレスから社員を脱却させる、新たな方法論として脚光を浴びているのがバイオフィリアの理論をインテリア・デザインに持ち込んだ「バイオフィリック・デザイン」です。
バイオフィリック・デザインとは
バイオフィリック・デザインとは、「人間は本能的に自然とのつながりを求める」というバイオフィリア理論をインテリア分野(特に都市設計やオフィス設計)に取り入れた方法論として理解されています。
先んじて、バイオフィリアという語義自体はドイツの哲学者、エーリッヒ・フロムによって用いられており、20世紀後半になって生理学者のエドワード・ウィルソン教授など、現代人の抱える深刻なストレスや精神病との関係から広く研究が進められるようになりました。
要するに、ホモサピエンスとして人類が誕生してから20万年近くが経とうとしていますが、我々が山や森を捨て、定住生活を行い、ビル群や都市部で自然を目にしない生活をし始めたのはここ数百年のことです。こうした近代的な生活は、人類の長い歴史からみると新しく、我々は本能的な部分ではまだまだ山や森など自然とのつながりを欲しており、現代社会の抱える精神的な病理はこの矛盾に根差していると言われています。
確かに、山や森にハイキングに行ったり、波音を聞きながら砂浜で寝っ転がると、どことなく心地よい気持ちになることがあると思います。森林浴、ハイキング、といった自然とのつながりが生理的に良い影響を与えることは多くの論文で示されており、また感覚的にもある程度理解ができると思います。
こうしたバイオフィリアのコンセプトは、特に物質大国として極端に振れたアメリカや西欧諸国などで20世紀後半になって広く受け入れられ、自然回帰運動(Back to Land Movement)などと結びつき、多くの人々を自然とのつながりに駆り立てました。
もっとも、日本の現代社会において「仕事と生活を捨てて、森に帰る」といった、ソロー(代表作「森の生活」で知られるアメリカの作家)のような生活をおこなうことは現実的ではなく、実際には現実社会と自然の折り合いをつける、という形に行きつきます。
この、現代社会と自然回帰本能の妥協案として生まれたのが、「バイオフィリック・デザイン」を部分的に我々の社会に導入する、というやり方で、後述する通り都市設計やオフィス設計と広く結びついています。
バイオフィリック・デザインの種類
バイオフィリックデザイン分野の第一人者であるイェーナ大学のケラート教授(故)は、「バイオフィリック・デザインの実践」の中で実践しうるバイオフィリックの特徴を以下の3つに分類しています。
直接的自然 | 間接的自然 | 空間と場所 | |
コンセプト | 自然を生で感じる | 疑似自然を感じる | 人間本能に即した縄張り |
場所の制約 | あり | なし | あり |
バイオフィリック効果 | 高い | やや高い | 程度による |
費用 | 高い | 普通 | 高い |
具体的な例 |
大きな窓と自然光 |
自然素材や内装材 |
建築物の安心感 |
解説 | ストレス軽減など生理的効果の高い生の自然との接触だが、費用的・場所的な制約が多い。 | ストレス軽減などの生理的効果という意味では中程度だが、費用的・場所的な制約が少なく現実的である。 | 縄張り、安息の寝床といった人間本能的に心地よさを感じるデザイン。複雑さが要されるため、都市設計などで使用される。 |
生理学的効果が最も高い(ストレス軽減等)のは、表の左に該当する生の自然を体験する部分ですが、現実社会でそれらの要素を取り入れるのには制約が多く、実際には「間接的自然」、すなわち部分的な自然物のデザインへの摂取という形が一般的です。
直接的な自然の体感
バイオフィリックの基本コンセプトは、上述の通り「自然の体感」であるため、当然そのマテリアルが生の自然に近ければ近いほど効果があります。森林や山野をオフィス内に持ち込むことは不可能ですが、外の自然を利用したり、部分的に生の自然を持ち込む方法としては、以下の方法が挙げられます。
- 大きな窓と自然光
- 自然の風
- 炎や暖炉
- 水や噴水
- ビオトープのような環境
- 動物、魚
- 植物、観葉植物
バイオフィリック・デザインを目指すインテリアがどこに位置しているかにもよりますが、例えば郊外や田舎部にある場合、外の自然を利用することが理にかなっているでしょう。郊外にあけ放たれた大きな窓は、それだけで夕日やそよ風、小川のせせらぎや虫の音色、田んぼの懐かしい匂いなどを室内にもたらしてくれます。
建物が都心部にある場合、少し工夫が必要でしょう。大きな窓は自然光やそよ風を取り入れるのに最適ですが、場所によってはむしろ排気ガスや交通機関の騒音で、ストレスに感じてしまうこともあります。そう言った場合でも、観葉植物や水槽と魚、自然光を感じられる天窓などは導入可能であり、ストレス軽減に一定の効果をもたらします。
間接的な自然の体感
環境と建築の研究に詳しいアメリカのTERRAPIN BRIGHT GREEN社は、過去のバイオフィリック論文の生理学的な効果をまとめ「自然の生の体感をするに越したことはないが、疑似的な自然の体感も悪くはない」と結論付けています。
疑似的な自然とは、要するに時間的、技術的、場所的、あるいは費用的な制約によって上述の「生の自然」を体感できない場合の代替手段となるような以下の方法論です。
- 自然素材や内装材
- 自然の色合い
- 自然を模倣した絵画や写真、モニター
- 自然を模倣した音楽
- 自然幾何学的な模様・デザイン
- バイオミミクリー的構造物
自然素材系の内装材(無垢フローリング、腰壁、家具等)は疑似自然を体感するうえで人気の手法の一つです。特に木質系の内装材の持つ自然の調湿効果や音響効果、手触りや光の反射は人体に好影響を与えます。
視覚的、すなわり自然的な色等のもたらす生理的効果も重要です。バイオフィリックに基づいた米オフィス設計会社の「ヒューマンスペース社」はその論文の中でサバンナ仮説を引用し、太古の人類がその長い時間を過ごしたサバンナのアースカラー(黄色や青)要素がオフィスにあれば、ストレス軽減や生産性向上に結び付くと説明しています。
また、自然界のパターン、すなわち「自然幾何学的」な模様やデザインも生理的な効果を与えます。「黄金比」「フィボナッチ数列」「フラクタル」「1/Fゆらぎ」といった自然界(アンモナイト、ひまわり、花びらの枚数等)を構成する数学的な原理は、人工物にも使用され(パルテノン神殿、ゴッホの絵画、モナ・リザ等)、美意識の根源と同一視されることがあります。人間は本能的に自然の複雑化されたパターンを美しいと感じるため、床材や壁紙に関しても簡易な同一パターンよりも、より自然の模倣に近いデザインが安らぎ効果を与えます。
その他、モニターに映った動物やサバンナ、背景音楽として流れる小鳥のさえずりや自然音も、当然本物の自然には劣りますが、一定のストレス軽減効果を持つことが証明されています。
空間と場所
上述の「自然」をモチーフにしたバイオフィリックデザインに加え、第三の要素としてケラート教授は「空間と場所」を挙げています。人間本能的な「安全や安定を感じる心地よい場所」の特徴として、以下のような要素が挙げられています。
- 建築物の安心感
- 建造物の多様性と複雑性
- 個と全体の適合
- 過渡空間
- 文化的なデザイン
これらは、ホモサピエンスの発生以降人類が絶えず動物や多人種との縄張り闘争を繰り広げていたことを考慮すると、想像しやすいでしょう。外敵の入りづらい(安心感)、あるいは自身のテリトリーであることを実感できる(文化的デザイン)といった要素も、広義のバイオフィリックの原理に含まれます。
最も、こうした人類学的な背景を持つデザインをインテリアに援用するのは容易ではなく、構造物も複雑であることが要求されるため、もっぱら都市計画や大型のデパート、駅などに使用されます。
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